相続放棄後の相続財産
相続放棄後の相続財産について
相続人が相続放棄すると、初めから相続人とならなかったものとみなされます。
推定相続人や後順位の相続人すべての相続人が相続放棄を申述するとどうなるでしょう。
相続人が存在しない場合、相続財産の取り扱いはどうなってしまうのでしょうか。
相続財産は築70年になる建物と荒れ果てたその敷地しかありません。
現在誰も利用していません。
被相続人の父母や祖父母は既に他界しています。
相続人である子は、不動産の固定資産税や建物の維持費を考えると相続に消極的です。
相続放棄に気持ちが傾いています。
借入などの負債はないようですが、プラスの財産に対する諸費用を考えると相続することに前向きにはなれません。
悩んだ結果、相続人は相続放棄することを決意しました。
被相続人には兄弟姉妹が他に5人います。
内4人は健在です。相続放棄を申し立てたことを話すと、その全員が相続放棄に踏み切ることになりました。
相続債務がなくとも、財産の状態や相続人の生活環境によっては相続放棄を選択する相続人は少なくありません。
財産を維持するためには費用が伴います。
ランニングコストが全くかからない財産はありません。毎月、財布からお金が出ていきます。
それを避けるために相続放棄を選ぶ人も多いようです。
しかし、ここには大きな落とし穴があります。
相続放棄の申述が適法に受理されると相続権を剥奪され、相続財産を取得することはありません。
すると「相続財産に対して権利を持っていないのだから、その財産に対する管理責任からも解放されるだろう」と安易に考えてしまいます。
しかし、実はこれが間違いなのです。
相続により財産を承継しないことと、管理義務の有無は同じに考えてはいけません。
別個に考え検討しなければなりません。
相続放棄により相続権を失ったとしても管理責任から解放されるわけではありません。
次の条文が誤解を生む要因です。勘違いして認識している方が少なくありません。
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民法918条
相続人は、その固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産を管理しなければならない。
ただし、相続の承認又は相続放棄をしたときは、この限りではない。
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相続人は、相続放棄・承認をするまでの間、自己の固有の財産におけるのと同一の注意を払って相続財産を管理すべき義務があります。
相続財産は、相続人が承認又は放棄をして誰に帰属するかが確定するまで不安定な状態に置かれます。
そのため、後に問題が生じないように相続財産の状況を最も把握できる立場にある相続人に、自己の固有財産とは区別して相続財産を管理すべき義務を課したのです。
相続人が単純承認をした場合、自己の固有財産と相続財産とを区別して管理する必要がなくなることから上記管理義務は消滅します。
(例外として財産分離請求があれば上記管理義務が継続することになりますが、ここでは割愛します)
しかし、相続放棄をした場合は、次の規定により上記管理義務と同一の注意義務をもって、相続放棄をした相続人が、相続財産の管理を継続しなければなりません。
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民法940条
相続放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。
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相続放棄した相続人は、他の共同相続人又は新たに相続人となった次順位の相続人が現実に相続財産の管理を開始するまで、その管理を継続しなければなりません。
これは、相続放棄によって相続財産の管理に空白が生じ、他の相続人や相続債権者、受遺者などの利害関係人の利益を害することがないように、引き続き相続財産の管理を継続する義務を負わせたものです。
上記ケースでは、すべての相続人が相続放棄を申し立て、相続権を持つ人が存在しません。
相続放棄者は相続財産について次の管理者が登場するまで管理責任が消滅することはありません。
老朽化した建物が倒壊する危険があれば補強し、建築物の強度を上げなければなりません。
雑草が生い茂り隣地の生活圏に侵入しているのであれば、それを除去し隣地への侵害行為を取り除かなければなりません。
「相続放棄が受理されたのだから、あとは知りません」は通用しないのです。
相続放棄がされても次の管理者が現れるまで相続財産に対する責任から完全に解放されることはないのです。
この管理義務を自己の責任において果たさなければなりません。
では、本事案において管理事務はいつまで続くのでしょう。
それは、次の管理者が現れるまで管理事務を続けなければなりません。
新たに管理事務を担う者が登場しなければ、永遠に管理義務を負ったままです。
とするならば、何のために相続放棄を選んだのかわかりません。
そこで、下記の定めが存在します。
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民法951条
相続人のあることが明らかでないときは、相続財産は法人とする。
民法952条
前条の場合には、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求によって、相続財産の管理人を選任しなければならない。
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すべての相続人が相続放棄をし、相続人が存在しなくなった場合、相続財産は財団形態の法人となります。
その法人の管理業務を担うのが相続財産管理人というわけです。
相続財産管理人が正式に選任されれば、相続財産の管理責任はそちらに移動します。
この移行の手続きが完了することで相続放棄をした相続人の管理責任は完全に消滅します。
これで、晴れて相続放棄者は相続財産に対する管理義務から解放されるのです。
戸籍上、相続人が存在しない場合や戸籍上の相続人について相続欠格、相続廃除に該当する場合が一般的ですが、相続放棄によって相続人が不存在となった場合も、これに含まれると解するのが通説、判例の立場です。
次に相続財産として車が残されていた場合について考えたいと思います。
相続財産と呼べる代物は20年前に買った自動車のみです。
経済的な価値はありません。
市場に出しても売れそうにありません。住まいとして利用していたアパートには駐車場は付いていませんでした。
アパートの敷地に車を駐車するフリースペースもなく、仕方なく自宅から徒歩10分程離れた月極の駐車場と契約をし、そこに駐車をしていました。
唯一の相続人である子は、自動車の現状維持にかかる車検代や保険料を負担してまで相続する価値はないと判断し、相続放棄の手続きに移りました。
相続放棄から3ヶ月後のとある日に、駐車場のオーナーから延滞した賃料相当額である3万円を支払えと督促が届きました。
相続放棄が適法に受理された子は相続人ではありません。
賃貸借契約上の賃借人の地位も承継せず、さらに車の所有権も引き継いでいません。
それでもこの延滞賃料を払わなければならないのでしょうか。
上述のとおり相続放棄した相続人は、他の共同相続人又は新たに相続人となった次順位の相続人が現実に相続財産の管理を開始するまで、その管理を継続しなければなりません。
この規定から相続財産である自動車の現状維持にかかる費用は相続放棄をした相続人が負担しなければなりません。
管理責任が継続しているためです。
この督促に対して法的に拒む方法はありません。
請求権の根拠が賃貸借契約に基づく賃料債権なのか、不法行為に基づく損害賠償なのかの問題もありますが、ここでは触れません。
本事案のケースでは、一時的に車を保管できるスペースがあれば早急に移動するべきでしょう。
車の売却や(駐車場の)賃貸借契約の解除は管理行為の範囲を逸脱しているので相続放棄をした相続人に、それらを実行に移す権限はありません。
当該行為を実現するためには、相続財産管理人を選任し、その者が家庭裁判所の許可のもと手続きを遂行することになります。
■相続財産に支出した費用
相続放棄をした相続人が一時的に駐車場代を負担したのであれば、相続放棄後に新しく相続人になった後順位の相続人に対し事務管理などを原因として費用請求することになるでしょう。
相続人が存在しない場合は、相続財産管理人が進める相続財産に対しての清算事務に相続債権者の立場で参加することになります。
遺産の換価手続に加わり他の相続債権者とともに債権につき満足を得ることになるでしょう。
まとめ
すべての相続人が相続放棄をし、管理を引き継ぐべき相続人がいない場合は、相続財産管理人を選任するまでは、相続放棄をした相続人は相続財産について管理責任を継続しなければならない。