相続放棄と相続債務の弁済
相続放棄と相続債務の弁済について
【 質問 】
もう相続放棄はできないのでしょうか。
相続放棄前に相続財産を処分してしまうと相続放棄をすることはできません。
相続放棄の態度を明らかにする前でも相続財産を処分したのであれば、その相続人は相続を承認する意思があると考えるのが普通だからです。
では、設問のように被相続人の負担していた借金を弁済してしまった場合は、相続放棄が認められることはないのでしょうか。
【 答え 】
このケースでは、場合分けをして考える必要があります。
相続債務を
①相続人固有の財産から支払ったのか、それとも
②遺産を取り崩して支払ったのかを区別して考えなければなりません。
【①の場合】相続人自身のお財布から相続債務を支払ったのであれば、それは「相続財産の処分」にはあたらず相続を承認したものとはみなされることはないでしょう。
相続債務を相続人自身の財産から支払ったとしても相続放棄に支障はありません。
相続人が自身の相続財産から相続債務を支払った行為が、相続財産の処分に当たらないと判断がされた裁判例があります。
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被相続人の子が被相続人の相続人つき、民法915条1項所定の熟慮期間中に、被相続人を被保険者とする障害保険から請求した保険金200万円を受領したうえ、これを被相続人の債務の一部の弁済に充てたが、抗告人ら(相続人)が受領した保険金は、抗告人ら固有の保険金請求権に基づくものであり、被相続人の相続財産ではないから、これは熟慮期間中に抗告人らが同法921条1号の相続財産の一部を処分したことにはならない。
したがって、抗告人らの本件相続放棄の申述は家庭裁判所において受理されるべきである(平成10年12月22日福岡高等裁判所宮崎支部 事件番号 平10(ラ)50号)。
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このように、相続債務を相続人固有の財産から支払った事案において、裁判所は「相続人が自分のお金で相続債務を支払ったのだから相続財産の処分ではない。だから相続放棄は認められる」と判断を下しました。
【②の場合】こちらは判断が分かれるところです。
相続債務の弁済自体は、相続財産の処分ではありませんが、その返済原資が遺産から捻出したものであれば、原則として相続財産の処分と認定され相続放棄は認められないでしょう。
しかし、これには例外を考える余地があります。
相続人は、相続放棄をするまで自己の財産と同一の注意を払って、相続財産を管理しなければならない責任があります。
この管理責任があるため、相続財産の価値が下がらないように【保存行為】をしなければなりません。
【保存行為】とは、財産の現状を維持するために必要な行為であり、期限の到来した債務の弁済や腐敗した物の処分などのように、財産全体からみて現状の維持と認められる行為のことです。
被相続人が負っていた借金を相続財産から支払ったとしても、これが保存行為と判断されれば相続放棄も認められることになります。
逆に保存行為の範囲を超え、相続財産の処分行為だと判断されると相続放棄は却下されてしまいます。
どこまでが保存行為と呼べるのかは、被相続人の負担していた借入の総額・遺産から出捐した金額・弁済した債務の支払期限・その他の債務の支払期限・遺産の総額・相続人の経済状態など総合的に判断して決まります。
これらの事情を考慮して、相続人がした債務の弁済が保存行為と認められない限り、相続放棄はできません。